「積立投資を複利で語るなかれ」という主張は間違っているのでは

水瀬ケンイチ

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日経電子版に「積立投資を複利で語るなかれ(大江英樹)」というコラムが掲載されています。

私はコラム著者の大江氏の著書を多数読んでいるし、セミナーにも参加したことがありますし、なにより大江氏を人として尊敬しています。しかし、今回のコラムに限っては理屈が間違っているのではないかと思います。

いったいどういうことか? ひとつひとつ説明していきたいと思います。

■まずは原典にあたろう

積立投資を複利で語るなかれ 価格変動の落とし穴

金融機関の人やファイナンシャルプランナー(FP)はよく、積立投資を勧める。積立投資それ自体は悪いことではないし、特に、まだ収入がそれほど多くない若い人が将来に向けた資産づくりをする方法として、一定の


まずは上記コラム「積立投資を複利で語るなかれ」をお読みください。趣旨を無理やりまとめると、以下のとおりになるという認識です。
  • 投資信託のような価格が変動する金融商品の場合、複利の計算で3%だの5%だのという数字を当てはめても意味がない
  • なぜなら、投信を購入後、20年間にわたって毎年必ず3%ずつ値上がりすることなどあり得ないからだ
  • ある年には10%上がることもあるが、翌年には15%下がるかもしれない
  • 投信などで複利という場合の意味は「増えたお金を配当や分配金に回さず、そのまま再投資すれば効率がいい」というだけの話にすぎない
  • 資金を増やす最大のポイントは運用利回りではない。「どれだけたくさんのお金を積み立てるか」のほうが重要
  • 投資は結果が不確実なものであり、老後の生活資金を得る糧として頼り切るべきではない。むしろ、無駄な支出をチェックし、それをやめることのほうが重要

■「毎月◯万円積み立てて毎年△%複利で増えれば20年後には□□万円になる」というテンプレ的説明は片手落ち

たしかに、世の積立投資をすすめるコラムなどには、「毎月◯万円積み立てて毎年△%複利で増えれば20年後には□□万円になる」という話がテンプレのようによく出てきます。

よくあるのが、毎月1万円ずつ積み立てて年率1%で増えた場合、年率3%で増えた場合、年率5%で増えた場合の3パターンを示して、それぞれ指数関数的に増えて20年後とか30年後に大きな差になるというグラフです。「だから、株式投信の積み立てをはやくはじめよう」という説明になることが多いです。

この説明は、私も片手落ちだと思います。

大江氏が主張するように、投資信託のような価格が変動する金融商品の場合、実際には、ある年は10%上がることがあっても、翌年には15%下がるかもしれないものだからです。

■実際のパフォーマンスが大きくバラつくのはなぜか

1年後のパフォーマンスが期待リターンよりも上にも下にも大きくバラつくのは、リスク(ボラティリティ)があるからです。

たとえ期待リターンが+5%でも、同時にリスクが20%ある。これを計算すると、1年後は+5%を中心に+25%から-15%の範囲に約68%の確率で収まり、+45%から-35%の範囲に96%の確率で収まる、といった「幅広い範囲」でしか予測できない。それが株式クラスの1年後の平均的なパフォーマンスの姿です。

それを1年後ではなく、数十年といった長期で均すと、+5%くらいに収れんするだろうというのが期待リターン+5%の意味です。

だから、「毎年+5%の複利で増えていく」というグラフは、リスク(ボラティリティ)を無視した架空の計算であるどころか、実際の株式投資の姿から大きく乖離している分、有害であるとさえいえると私も思います。

■第一の疑問:積立投資とは無関係では?

しかし、それは株式など価格が変動する金融商品(リスク性資産)には、期待リターンだけでなくリスク(ボラティリティ)も同時に存在しているからです。

リスク(ボラティリティ)があるのにそれを無視した計算やグラフが不適切なのであって、「積立投資か、一括投資か」という投資手法とは無関係の話です。

大江氏は「積立投資を複利で語るなかれ」と言いますが、積立投資だろうが、一括投資だろうが、リスク性資産への投資には期待リターンだけでなくリスク(ボラティリティ)も同時に背負うのは同じことです。

違いがあるとすれば、積立投資はリスクがゆっくりと増えていくのに対して、一括投資はリスクが急激に増えるというところですが、その特性からいえば、むしろ積立投資よりも一括投資の方がリスクの影響を大きく受けるので、なぜ、積立投資に特にダメ出しされているのかわかりません。

■第二の疑問:複利じゃないなら単利なのか?

「複利」の反対は「単利」です。「複利で語るなかれ」というからには、裏を返せば「単利で語ればよいのか」という話になります。

言うまでもなく、期待リターンとリスクが同時にあっても、株式など価格が変動する金融商品(リスク性資産)は、単利ではありません。

最初にある株式に100万円投資したとします。

翌日株価が10%上がれば100万円×110%で110万円に増えます。その翌日も10%上がれば、110万円×110%で121万円に増えます。実際問題として、最初に投資した100万円をベースに20%増えるという単利計算(100万円×120%)の120万円にはなりません。

現実世界のリスク性資産の値動きを見ていれば、単利ではないことは誰にでもわかります。株式市場は、投資家が最初に何円投資したかなどという事情とはいっさい無関係に値動きしています。

■正しい理解は「リスク(ボラティリティ)を無視することなかれ」

つまり、大江氏の「積立投資を複利で語るなかれ」という主張は、(1)積立投資かどうかは関係ない、(2)リスク性資産は複利であることから、二重の意味で間違っているといえます。

正しい理解は、リスク性資産への投資には期待リターンだけでなくリスク(ボラティリティ)も同時に背負うことになるので、「リスク(ボラティリティ)を無視することなかれ」という話なのです。

「毎月◯万円積み立てて毎年△%複利で増えれば20年後には□□万円になる」というテンプレ説明で積立投資をすすめることへの注意喚起をしたいのはよくわかります。でも、それを「複利がなじまない」みたいなぼんやりした(しかも事実関係と異なる)理由で説明するのは、不適切だと思います。

たとえ結論は同じでも、そこに至る理屈が間違っていれば、それもまた有害な情報になりえてしまうものだと私は思います。

■家計のやりくりはたしかに重要

上記コラムの後半は、「どれだけたくさんのお金を積み立てるかの方が重要」とか「老後に向けて、無駄な支出を減らす方が重要」といった、もう積立投資も複利もぜんぜん関係ない「家計のやりくり」の話に飛躍しています。

タイトルの「積立投資を複利で語るなかれ」はどこへいったのか?という趣きですが、これらの家計のやりくりの重要性については私も賛同します。

投資のリターンは不確実で自分でコントロールできませんが、家計のやりくりは自分でコントロールできます。自分でコントロールできることに注力することが重要なのは、投資に限った話ではなく、よりよい人生を送るための鉄則です。

最後に、繰り返しになりますが、私は大江氏の著書も多数読んでいるし、セミナーにも参加したことがありますし、なにより大江氏を尊敬しています。大江氏個人に含むところはありません。

あくまでも、今回のコラムに限って、「理屈」が間違っているのではないかという問題提起をしただけであることを付記させていただきます。


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Posted by水瀬ケンイチ