SNSでは意見と人格を切り離して考えられない人とは関わらない方がいい

水瀬ケンイチ

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投資に唯一無二の正解はないのですが、明らかに間違った意見ならいくらでもあります。

たとえば、株式投資で「○○すれば絶対儲かる」という意見です。株式のようなリスク資産への投資に「絶対」はなく、期待リターンを中心に儲かる方向と損する方向に同じ程度にリターンがブレるのが普通です(正規分布するというモデル)。もちろん、このブレは損する方向のマイナス圏にも広がっています。だから、株式投資で「○○すれば絶対儲かる」という意見は間違っています。

意見の違いについてお茶を濁すマジックワードに「人それぞれ」というのがありますが、「○○すれば絶対儲かる」という意見は、「人それぞれ」の話ではなく理屈として間違っています。

さて、ここまでは私の「意見」です。この意見の内容に賛成する人も反対する人もいるでしょう。反対する人は、その理由を明らかにして反論すればよいと思います。たとえば、実際の株式市場は正規分布ではないとか、トレンドに乗れば確実に儲かる場面もあるとかがあり得るでしょうか。私も反論されたらその内容を見て考え、納得するか、再度反論して議論するでしょう。

しかし、世の中には、相手の「意見」と「人格」を切り離して考えられない人がたくさんいます。反論してきた相手を敵とみなし、人格攻撃をしてしまうのです。

「ちがう意見=敵」と思ってしまう日本人には、議論をする技術が必要だ。

日本人は、議論を通じて「対話」するのが苦手なのではないかと思う。


個人的に、これは子どもの頃から学校では議論やディベートが重視されておらず、あまり経験していないケースが多いからではないかと思っています。クラスの「和」が重視されるあまり、皆が場の空気を読むことばかり求められ、皆と異なる意見を言わないようにしてしまう。

だから、SNSで自分の投稿や意見に対して真っ向から反論されると「こいつは敵だ」と感じてしまう。そして、つい「おまえはバカだ」「性格が悪い」「原理主義者め」などと相手の「意見」ではなく「人格」を攻撃するという行動に出てしまう。これは非常によくないことだと思います。

意見に対する反論であれば、再反論して議論が深まり建設的な議論になるかもしれないものも、人格を攻撃してしまえばあとは感情の応酬にしかならず、建設的な議論にならなくなってしまうからです。しかし悲しいかな、SNSやブログをやっていると、よく見る風景です。

そういう人間に限ってネチっこさは人一倍強い。

……おわかりでしょうか。ここまで自然な文章の流れに見えたかもしれませんが、ここまで「意見」に対して反論を述べてきたところ、私が書いた上記の最後の一文だけ、他人の「人格」への攻撃になっています。

意見の相違についてではなく、他人の人格について「ネチっこさは人一倍」とけなしているからです。最後の一文さえなければ、建設的な議論になりえたものの、最後の一文を述べてしまったばっかりに、急に「やーい、おまえの母ちゃん出べそ」レベルの悪口に成り下がってしまっています。

あえて、意見への反論から人格への攻撃に移行するよくある流れを書いてみましたが、こういう話の展開、よく見ませんか。

議論は大いに結構なことだと思いますが、誰しも人生の時間は有限であり、ナチュラルに人格攻撃をしてしまう人を相手に議論して消耗するのは、あまりにも時間の無駄であり、むなしいと思います。

会社では、仕事の内容について「それは間違っている」「こうした方がいい」と議論を交わすことは大いに結構なことですが、「おまえはバカだ」「性格が悪い」「ネチっこい」という人格攻撃はNGです。場合によっては、ハラスメント認定されて大変なことになりかねません。人権やコンプライアンスについての管理者・社員研修では、仕事上の意見と人格を混同しないようにと何度も出てきます。

現実的には、ハラスメント発言をするような、意見と人格を切り離して考えられない人とも、仕事では我慢して付き合わなければならない場面もあるかもしれません(良くないことですが)。

せめて、誰と付き合うのも付き合わないのも自由であるはずのSNSでは、意見と人格を切り離して考えられない人とは関わらない方がいい。建設的な議論にならないのはお互いに時間の無駄ですから。逆に、意見は意見として、賛成も反対もフラットに議論できるかたとは、末永くお付き合いさせていただきたいと思います。

自戒を込めて、なにとぞ、なにとぞ。
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Posted by水瀬ケンイチ